絶景 大台ヶ原(3)

次に目指すのは、山の上の絶景ポイントである大蛇粠(だいじゃぐら)。

歩いていて気づくと、だんだん人が減ってきている。ドライブで来て軽く歩いて帰る人が立ち入らないところまで来たのか? 岩場が増え、周囲の谷に切り立つ岩が見えてくる。実はここ、川から「高さ1000mの出刃包丁が立っているような」場所なのだ。つまり、足場の悪い切り立った岩に登ると眼下は東京タワー3つ分の高低差の谷…


ギャー。イヤー。足すくむわー。手すりと鎖が、周りにはついてるけど、岩の上にはない。こーれは…高所恐怖症の人は恐怖で死にそう(笑) しかも、この辺の山って海底が隆起した石灰岩質なのである。なかでも足場の岩はチャート。雨の日などさぞ滑るだろう。で、一年の大半雨なわけで。滑落なんていつでも起きそうなのによく開放してるものだ。

とはいえ、その代わり景色はもちろん絶景だ。こんなに、下まで緑の山が見えたのは初めてだ。よく見ると滝もたくさん。どこまでも続く川と山、さすが紀伊半島は奥深い。

座ってドーナツを食べ、這いずるように岩を登り返し、どうにか元の場所に戻ってきた。ふう。バスまであと3時間弱あるが、このままのペースで歩き続けるとだいぶ早くついてしまうのではないか。そこで、看板に「急峻 注意」と書いてあるコースにあえて挑戦して時間をつぶすことにした。博士課程で鍛えたM男ぶり(益荒男ぶり)を発揮するときが来たようだ。地図をみると、わざわざ谷を吊り橋で渡るコースになっている。そのためにいったん沢のあるところまで160m下って、また同じように登ってる、と。

予告通りの下り坂をゆっくり歩く。この辺はまだ芽吹く前らしく、冬枯れの山を歩いている気分だ。渓流の水音が聞こえるまでにはだいぶ時間がかかった。心理的にかもしれないが。谷川に降りて、靴下を脱いで休憩! さすがにまだ冷たい。顔を洗うとしょっぱい(俺の塩)。たまに鳥が飛ぶ以外は川の音だけが響く深山で、心が落ち着く。

しばらく休んだあと、駐車場へ160m登る。160mというとビル30階分以上よね。NSビルの下から上まで登るくらいか。そのくらいの階段がずっと続く。急いでもしょうがないので、心拍数を適当に抑えてだらだらと登っていく。

鹿の食害で荒らされた森だというのに、今日は一頭も鹿をみることがなかった。鹿が入らないように柵で囲ったエリアがあるのだが、ここは確かに下草も木もしっかり生えている。ここまで鹿って森一面を食い荒らすものなのか。どんだけたくさんいるんだよ。

駐車場に戻った。ちょうどいい場所にビールの自販機がある。うはうは。これを買えるのもバスで帰る人の特権よね。他の人は眠気に耐えながら狭路を運転しないといけないのだ。高原の日差しの下、平日の昼間からビールをがぶ飲み。気が付くと周囲でバス待ちをしているオッサンが自販機へ走っていた。そうだろうそうだろう。横で飲まれたら耐えられんだろう。いっしょにダメ人間しようぜ。

帰りはバスからずっと特急を乗り継ぐ。八木から阿部野橋への特急、あれはないわ。橿原から先は速いかもしれんが、各駅停車とあんまり変わらないし、古いし。車内販売もないのね。橿原でビスタカーに乗り換えてビールの摂取量が1Lになった頃、列車は京都に到着した。

次に来るときは自転車かな。駅からだと片道65km, 1300m以上登るのかしら。けっこうスパルタンだが、山の美しさを楽しみながら鍛えるのもまた一興だろう。