岡山ダムドライブ with S660

ホンダの軽オープンスポーツカー、S660。免許を取った後、憧れていたクルマは、(一応)先代のS2000だった。
昨年発売されてから、一度乗ってみたいと思っていたが、岡山のレンタカー会社がラインナップしているのを知って、有給を取って乗りに行くことにした。そのくらい乗ってみたかったのである。

子供を保育園に送ってから新幹線に飛び乗り、岡山へ。手続きをしていると、外に黒いS660がやってきた。黒い塗装であるが、中に色とりどりのラメみたいのが入っていて、キラキラと光っている。なかなかおもしろい塗色だ。

店員が屋根の外し方をレクチャーしてくれる。コペンと違って、完全に手動で外して巻き取り、フロントのボンネットの中に入れる。急に雨が降ってきたら正直とても面倒であるが、「ほとんどただの布」というのが軽さの秘密なのだろう。

そして、フロントもリアも、屋根の布を入れるところ以外のスペースは皆無。本当に何もない。潔く、収納は無いのである。もしS660を買う予定で、助手席に彼女を乗せる予定のある人は、荷物を減らしてきてもらわないとどうにもならないだろう。

乗ると、さすがに車高が低い。ロータスといい勝負なのではないだろうか、もちろん地面に手が届く。普通車のライトのあたりに目線がある感じ。そうそう。スポーツカーはこうじゃないとね。そして車内は狭い。運転席と助手席の間に仕切り壁が割りと高いところまであって、シートベルトが閉めにくいのである。私が太いだけかもしれないが。

エンジンを掛けると、効果音が鳴ったり、メーターが一旦上まで回ったり、イルミネーションが明滅したりして、「さあテンション上げていこうぜ!」と言われている気分になる。ミッドシップスポーツカーなので、エンジンは座席の後ろに搭載されている。客席とエンジンの間には小さな小さな窓があって、これがパワーウインドウになっており、開けることでごきげんなエンジンの音を聞けるようになっているのだ。遊び心につい笑ってしまった。
↓この真ん中のが窓。

しかし、エンジン自体はいわゆる軽のもので、正直この音を聞いたからどう、というものでもない。ああ、これが歌うVTECエンジンだったら言うこと無いのに! 最新型コペンもね、エンジンが初代の4気筒からタントと同じ3気筒ターボになってからなんか萎えるんですよ。うちの車と同じ音がする。

さて、クラッチ踏んで出発だ。岡山の街中を走っていると、実に運転しやすい。さすが日本の軽で、ハンドルもクラッチも軽いし、シフト(今回はマニュアル車なのです)もカシャカシャとわかりやすく入る。周りも全部見えるのでよい。

そういえば、5月にグアムでフォード・マスタング コンバーチブルというアメ車のオープンに乗ってきたが、車体が大きい上に周囲の状況は見にくく、気を使った。S660は小さいので、意識を他に向けられるのがいい。あとマスタングは重かったな…。


ギア比はだいぶローギアードな感じで、峠でないなら、50km/hですでに5速に入れて当たり前ぐらいのイメージだろうか。トップスピードが200km/hを超えるMT車に慣れている人なら、いつものイメージ+1速上げたほうがいいかもしれない。なにせ軽オープンは、135km/hでリミッターがかかる世界だ。ギア比の配分が違う。


元気よく加速したあとアクセルを戻すと、「プシュハー」という音が後ろから聞こえる。これは、そう、RX-7とかレガシィとかのターボ車でやんちゃな改造してあるやつからよくする音だ。過給圧を抜くブローオフバルブの音だ。…これ、無改造のノーマル車よね? ノーマルでこんな音するの、初めて見た。これも、楽しんで運転して欲しいというホンダのはからいなのだろう。エンジンの音にそこまで期待できないなら、ターボ周りで楽しむというのは賢い発想かも。(※ブローオフバルブはターボ車ならだいたいついてるんじゃないかと思うが、空気の出口の形や、大気開放するかどうかで音がやんちゃになる)

そんなことを言っている間に道は吉備高原に入り、峠になってきた。過給を切らさぬように、回転を上げて走るのが楽しい。5000rpmあたりから祭りが始まる感じだ。すぐに加速できてすぐに減速できて、するすると曲がる。軽いスポーツカーっていいよね。しかも、大事なポイントなのだが、楽しい速度域が日本の道に合っているのだ。アドレナリンが出て乗ってる本人がひゃっほーい、とかしていても、非常識な速度でやってるわけではないのだ。これがポルシェ911だったら、フェラーリ488GTBだったら、峠をゴキゲンに5000rpmで走らせたら、すぐに免許がなくなるか、崖からダイブするかじゃないだろうか。そうならないまでも死と隣り合わせの世界になるのは予想がつく。安全な、法律違反にならないスピードで十分に楽しめること、それは結構大事なことだ。北海道ツーリングに行くと、ドゥカティ乗りが「もっと飛ばさないとつまんない、でも日本じゃそんなことできない」と言っているのをちょくちょく聞くが、いっぽうセローやカブの性能を限界まで引き出して走ってる人のほうがなんか楽しそうに見えたりする、そんな感じかな。違うかな。



峠を走るうちに、ダムが見えてきた。鳴滝ダムである。公園の中の道になり、とても狭くなってきたが、S660なら余裕。緊張せずにたどり着けた。ここで写真を取って旭川ダムというところまで行くと、ダムカードがもらえるのだ。


次は河平ダム。

そこからとても狭い狭い山道をクネクネと走っていく。3桁酷道というやつだ。幅1.5mもないS660は本当に頼もしい。ためらいなく狭路に入っていける。


こんな感じ。

道はガタガタだったが、そこまで乗り心地は悪くもないな。硬いは硬いんだけど。あと、先行する車がこんなに自発的に道を譲ってくれると思わなかった。軽なのに。見かけは大事なのか。


旭川ダムまで来ると、ものすごい数の蛾が空間を埋め尽くしていた。3cmくらいの茶色いやつである。蛾になる前の毛虫も、建物の壁に大量についている。こんなの初めてだ。なんだこれ。近くを車が通ると、地面に止まっている蛾が一斉に飛び立つのでものすごいことになる。1立方メートルに100匹なんてもんじゃない、もっといる。


携帯のカメラにこれだけ写るが、実際はもっともっといる。

そんな群れの中を歩いてダムへ。10門もゲートの並ぶ、なかなかきれいなダムであった。


山の新緑もとてもよい。虫がすごいけど。


ダムカードを3枚もらってほくほくと、次は昼飯ポイントを目指す。目当ては津山ホルモンうどんだ。有名店の橋野食堂は、いつもは行列ができているのだが、今日は平日なので行列なし。ピリ辛味2玉とノンアルコールビールで満足である。

しょっぱいが癖になる。


さて、昼飯で腹いっぱいになると、タイトなバケットシートの中で右へ左へ車を振り回したい、という欲は薄れてくる。次の目的地、湯原ダムまでは高速で行くとしよう。中国道に乗って制限速度で巡航…するが、この車はうるさい。風がすごいし、振動もすごい。窓を全部閉めればマシではあるけれど、それでも激しく風を巻き込んでくる。そのうち耳がおかしくなってくる。風を感じながら走るオープンカーの醍醐味ではあると思うが、100km/h・30分以上は苦行の域では。世間には、風を巻き込まないように工夫したオープンカーも多い。ものによってはフロントガラスがすごく手前まで張り出していて、快適性が高いものもある。でも、オープンカー乗ってるくせに、守られてないで風を感じろよ、という気もする。彼女や奥さんに文句を言われないためのバランス感覚も大事とは思うが、S660はその点潔かった、と理解しておこう。

そして湯原ダムに着いた。はあ、疲れた。高速向きじゃないねこのクルマ。帰りはせめて屋根をつけよう。

ダムから下流を見ると、露天風呂が見える。そう、ここは川が露天風呂になっているのだ。

群馬の宝川温泉とか、他にも日本に数カ所ある野趣あふれる温泉だ。無料。ちなみに混浴。もちろん暇なおっさんしか入ってない。下から大きな湯原ダムを見上げながら、昼下がりの温泉を満喫する。実に良い。
人が入ってたので湯船の写真は撮れなかったが、この手前が温泉です。

もし、何かの間違いであのダムのゲートが全開になったら、川が突然急流になって、俺これから大変なことになるな。うむ、大変だ。
下記がイメージ画像となります。


帰りはクルマに屋根を付けて、岡山まで高速に乗ってみた。クーラーがちゃんと効くのはよい。この小さなボディにオートエアコン、ETC、オートライト、クルーズコントロール、ナビ、パワステにパワーウインドウ、よくも詰め込めたものだ。すごい。屋根の布には若干遮音性とかを期待していたが、布に期待するだけ無駄であった。BMW6シリーズや、ベントレーコンチネンタルのコンバーチブルみたいな、分厚く積層したソフトトップじゃないのである。ただの化繊の布なのである。車体の振動も相まってとにかくうるさい。軽自動車であることを忘れるほどに走行はとても安定しているけれど、距離走ることで体力を持っていかれる。疲れた…


岡山でレンタカーを返却する前に給油すると、245km走って13L弱であった。リッター19キロ!? 5000rpmで回しまくったのに? あんなに加減速したのに? アイドリングストップなんぞ一回もしなかったのに? 現代技術すごい。

車が好きになってからずっと、私に最適な車はなんだろう、と考えている。実用性、家族の都合、自分の好み、休日の行動パターン、それぞれから導かれる答えは変わってきて、なんとも言えないところであるが、S660は乗り手に快楽をもたらすための装置としては非常に良く出来ていた。家族を乗せるとか、荷物を輸送するとか、そういう用途をすっぱり切り捨てた時空で、しかも狭い日本で、我々の免許の点数と財布の中身(ガソリン代と税金)を減らさずに、CO2を無駄に多く排出せずに、楽しい休日をもたらす、そんな装置。これでプリウスより安いんでしょ? すごいよね? 最近の車はデカくて重くてオートマでハイブリッドで猫も杓子もミニバンとSUVで、嘆かわしい昨今だが、こんなクルマが発売されることもあるのだなぁ、と嬉しくなった一日であった。